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セルフうどん 空海坊

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ループしおのえに行く途中、高松空港の近くにある空海坊に立ち寄りました。 昼過ぎの14時前にもかかわらず、駐車場は結構一杯です。 店内は比較的広くて、駐車場が一杯の割には、店内は整然としています。また、注文からうどんが出てくるまでの店員の要領もよく、スムーズに流れています。 空海の水というのを無料で出しています。 透明感のあるなかなか美味しい水です。 新しいお店で恒例のかけうどんを発注。 店員さんがうどんを温めてくれ、出汁まで入れてくれる形式です。 メンチカツと竹輪天を取り、ネギやワカメ、天かすをトッピングして、準備完了。 いただきます。 うどんの麺は、適度な腰のいわゆる女麺だと感じました。 この女麺にクセのなあっさりとしたお出汁が最高に合っています。 空海坊というインパクトのある力強い名前とは対照的なとても上品なかけうどんです。 天ぷら類も美味しく、何度でも通いたくなるおいしい店という印象とはです。

磁場の井戸:第四章 対岸(四)/長編歴史小説

 宗治は、そう遠くない所から木霊してくる鬨の声と鉄砲の音に耳を傾けていた。硝煙の香りは漂ってこない。ただ、音のみが宗治の想像を掻き立てた。城外との連絡を絶たれて十数日、これほど情報と言う得体の知れないものに枯渇した事は無かった。  湖がこの城を取り巻くまでは、巷の噂や他国の伝聞などは当然の如く、また、時には、耳に煩く感じるほど、豊富に流れ込んできた。しかし、今、宗治は、生物が空気を欲するように、外との連絡を欲していた。 (一体、何が起こっているのか。) 宗治はあれこれと思案した。音の方角、距離、そして、巻き上がる黄色い砂塵の位置からして、日幡で何かが起こっていると言うところまでは察しがついた。しかし、それ以上の事に関しては、想像する材料さえも持ち合わせていなかった。  日幡では、樽崎弾正忠が、城に向かって千丁の鉄砲の火蓋を切った。辺りには一斉射撃の轟音が鳴り響き、その後には、きな臭い硝煙の匂いが漂い、流れた。続けざまに鉄砲は鳴り響く。毛利方は、毛利家の一門とも言える武将が寝返ったということもあり、 (右衛門大夫だけは許すまじ。) という隆景と元春の気迫が乗り移ったかのように、火を噴くが如く、日幡城を攻め立てた。その勢いは日幡城の城壁を貫き、城兵を次々と薙ぎ倒した。この様子を見た宇喜多勢は秀吉の弟であり、良き補佐役である羽柴秀長の陣に使いを走らせ、 「敵は小勢、打って出るならば、今でございます。備前勢のみをもって、日幡城を囲む敵を全て平らげてご覧に入れまする。また、日差山から小早川勢が来援しても、備前勢のみで弾き返します。もし、それを見た吉川勢が山を降りてきましたならば、そのときこそ筑前様の御旗本衆に御出陣いただきたく、さすれば、この戦、一気にケリを付けることができましょう。ぜひとも、出陣の御下知を、…。」 と宇喜多の将自ら、宇喜多勢全軍の出陣の命を求めた。 (兄者は動くまい。) 秀長はそう思いながらも、 (新参の宇喜多勢の心証を害しては、・・・。) と考え、総大将である兄秀吉の本陣に一往の使者を出し、宇喜多の策を伝えた。 秀吉は使者の言葉に、時折、深く頷きながら、 (さもありなん。) という表情で、耳を傾けていたが、使者が口上を終えると、間髪を置かず、こう返答した。 「我が胸に秘策有り。今は我が命に従うべし。」 使者は秀長に秀吉の言

磁場の井戸:第四章 対岸(三)/長編歴史小説

 日差山から下った一群は隆景の命を受けて、日幡城攻略に向かう軍勢であった。大将は隆景配下の樽崎弾正忠、その数、数千である。  日幡城は備中境目七城の一つで、その扇の要にあたる高松城からは南方へ加茂城の次に連なる城だった。その城主は日幡六郎兵衛という備中の豪族で、この正月三原城で隆景から太刀を授かり、宗治とともに死を誓った武将だった。  この城にも、高松城の末近信賀と同様な形で、毛利家から上原右衛門大夫元祐という武将が軍監として差し向けられていた。元祐は、毛利元就の娘婿であり、すなわち、元春、隆景には妹婿にあたり、毛利家の準一門と言える男である。  その上原元祐が、突如、羽柴秀吉からの誘いに転び、日幡城主日幡六郎兵衛を討ち、そのまま日幡城に居座り、城内に宇喜多勢を導き入れた。  隆景、元春は予期せぬ妹婿の謀叛に憤怒した。 「毛利の威信にかけても、右衛門大夫だけは許す事はできぬ。」 早速、諸将を集め、日幡城攻略にかかるべく軍議を開き、出陣を決した。 「日幡は寝返って間もないので、まだ守りも手薄でしょう。今、攻めたてれば易々と落とす事も可能ですが、…。」 軍議の席上、吉川元春の嫡男元長は献策した。元長は勇猛果敢な父吉川元春の血を濃く受け継ぎ、家臣達からの人望も篤い。その武勇は、父元春とともに、「鬼吉川」の名を広く世間に知らしめていた。 「しかし、恐ろしいのは秀吉の後詰でございましょう。」 元長は言葉を続けた。樽崎率いる城攻めの軍勢の後ろから、秀吉が襲いかかれば、兵数の多寡から言って、必ずや樽崎の一隊は全滅するであろう。元長の言葉を聞いて、隆景は静かに語った。 「確かに、今、日幡に槍を向ければ、秀吉が日幡を救おうと軍勢を繰り出すかもしれん。そうなれば、毛利全軍を上げてこの山を駆け下り、秀吉と干戈を交えてもよかろう。」 隆景は武勇の誉れ高い甥の元長を励ますような口調で言った。しかし、隆景の心の内は違っていた。 (おそらく、秀吉は出ては来るまい。日幡の小城ごときを救うために、あの堅牢な野戦陣地から出てくるくらいならば、もうとっくの昔に出てきているはずだ。秀吉の尻はそれほど軽くはあるまい。) これまでの戦の経過からして、この程度の事で秀吉という大亀は甲羅の中から頭を出すことはないと感じていた。しかし、隆景は元長を立てるために、言葉を続けた。 「もし、

世界遺産 熊野古道7 那智の御滝

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那智熊野大社に参詣後、巨大お神籤をおいている社務所の横を通り抜けると、那智の御滝が遠望できる高台に出ます。那智の御滝の右手前には三重塔が見えます。 記念写真を撮影後、三重塔の脇を通って那智の御滝に徒歩で下ります。 那智の御滝の参道入口には大きな鳥居があり、そこからは両脇に大樹がならぶ暗く幽玄な空間になります。参道は勾配の緩やかな階段です。 その先に那智の御滝を足許から見上げる観覧場所があります。 滝の足許は滝壺からの風と飛沫で夏の真昼にも関わらず、涼しさを感じます。 そして、足許から眺める大瀑布の迫力に、荘厳な神の存在を感じます。先人がこの滝を神として祀ったのも当然です。

世界遺産 熊野古道7 那智の御滝

那智熊野大社に参詣後、巨大お神籤をおいている社務所の横を通り抜けると、那智の御滝が遠望できる高台に出ます。那智の御滝の右手前には三重塔が見えます。 記念写真を撮影後、三重塔の脇を通って那智の御滝に徒歩で下ります。 那智の御滝の参道入口には大きな鳥居があり、そこからは両脇に大樹がならぶ暗く幽玄な空間になります。参道は勾配の緩やかな階段です。 その先に那智の御滝を足許から見上げる観覧場所があります。 滝の足許は滝壺からの風と飛沫で夏の真昼にも関わらず、涼しさを感じます。 そして、足許から眺める大瀑布の迫力に、荘厳な神の存在を感じます。先人がこの滝を神として祀ったのも当然です。

世界遺産 熊野古道6 熊野那智大社

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 熊野古道と川湯温泉を楽しんだ後は、川湯温泉近くのキャンプ場で購入した猪肉(鹿肉も販売しているそうなのですが、運悪く売り切れ(T_T))とA-coopで購入した食材でBBQ。  当初、BBQの予定はなかったのですが、子供達が段取りしてくれると言うことで、急遽開催。  BBQコンロはクアハウス熊野本宮から無料レンタル、炭は熊野本宮前の日曜大工店で調達です。  途中から結構な雨になってきたのですが、くじけずに傘をさして、肉を焼き続けてくれた子供達に感謝。  お陰様で、美味しいお酒が飲めました。  翌朝、満を持して、熊野川右岸の国道を那智熊野大社に向かいます。自動車で1時間以上はかかりますが、頑張って運転です。  無事到着すると、那智熊野大社への参道始点に近い場所に無料の駐車場を発見!当然、お土産店が隣接していますが、もともとお土産を購入する予定だったので、迷い無く駐車です。  那智熊野大社は山の中腹にあり、一般的には自動車を駐車場に止めて、階段の参道を歩いて上がります。  8月の普通の週末でしたが、沢山の参詣者が参道を往来していました。  那智熊野大社に参詣です。  荘厳ですが、沢山の参詣者で賑わっています。  面白かったのは、バズーカ砲のような巨大なお神籤です。  相当重いですが、お神籤を振って、番号がかかれた棒を出す姿は結構コミカルです。