磁場の井戸:第二章 舞台(六)/長編歴史小説
冠山が落城したことを知った四月二五日の夜も、宗治は今と同じ定規で討死を遂げた林重真の心情を計った。必死に太刀を振るいながら、死んでいったであろう自分の郎党林重真に対して、宗治は、 「先に三途の川で待っておれ。儂もじきに行く。」 と重真の死様をさも羨むふうな表情をしながら、七郎次郎の前で口走った。宗治は、自らの最後を飾るこの織田勢との戦いにおいて、悟りを求道する禅僧のように、乱陣の中での死を心底から求めていた。そんな宗治にとって、重真の死様はまさに自分の望む最後の姿と寸分違わぬものだった。 宮地山城の落城により、高松城の北は全て敵方の領するところとなり、ついに高松城という鶴翼の頭、扇の要が敵の前面に姿をさらけ出す形となった。毛利方がじりじりと押されていることは、今日の戦の有様、そして、宮地山、冠山の二城が落城したことを見ても明白である。戦は始まったばかりであるにもかかわらず、時勢の天秤が、予想した以上に大きく傾き始めていることを宗治は知った。 (織田勢に順風、味方に逆風。) 一度、傾き始めた時勢は、水が高い場所から低い位置へと流れ込むように、片側の重みが次々と増し、時の経過と共に彼我の軽重が隔絶する。その勢いを矯めるには、天賦の才か、人智の届かぬ偶然が必要だった。宗治は自らの死後、残された隆景や毛利家のために、人智の届かぬ偶然が発生することを神仏に祈るしかなかった。