>_<あくまでも司空流の「こうかも」年表ですので、誤りがあっても司空は一切の責任はとりません。>_<
>_<ご利用に際しては、解説・注意をご確認の上、各人で十分に史実をご確認ください>_<
天文3年(1534)1月、毛利元就と甲立五竜城主宍戸元源と和睦し、元源の孫隆家と元就の長女との婚約が決定。
天文3年7月、毛利元就、備後宮城主宮下野守直行の子元盛を下す。
天文3年、尼子経久は備後甲山城主山内直通を諭し、塩冶興久(尼子経久の三男で天文1年に経久に謀反し、直通の元に落ち延びていた)を自害させる。
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