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ふるさとチョイスで四万十地栗モンブラン!

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全国ネットのテレビでも紹介された『四万十地栗モンブラン』を食べたくて、ふるさとチョイスで検索してみたところ、ありましたー。 一万円の寄附で四万十地栗モンブラン8個入りのお礼が貰えるということなので、一万円の寄附を決定! 寄附の手続き終了から2週間程度で、冷凍の四万十栗モンブランが自宅に到着。 中身を開けてみると、とっても小さなプラスチックカップに入った8個の四万十地栗モンブランが出てきました。 見た目の第一印象は『かなり小さいなぁ…。』です。 これで定価400円はなかなかの高級品です。 お味は四万十地栗の味わいを濃厚に感じられる2種類のモンブランペーストが重ねられており、とても美味でした。 たぶん、四万十地栗そのものの味が濃厚で、かつ、相当に甘味があるのでしょう。モンブランペーストは純粋な栗の味でできあがっていると感じました。 このペースト作りはかなり手間が掛かっているでしょうから、定価400円も致し方なしというところでしょうか。 次は、夏に向けて、鰻を探すぞ!

峡の劔:第二章 悪党と娘(3)

 清太と娘は弥蔵を残して、於彩に勧められるまま、小径を挟んだ屋敷の正面を流れる小水路に向かい、水路脇に粗く組まれた石造りの洗い場に座って、足拵えを外した素足を流水に浸す。 ―着物が濡れないように。 と、僅かに上げた裾の隙間から白く柔らかい娘の小脛が覗く。  清太は水面の細波を茜色に染め出す夕陽に目を細めながら、娘に尋ねる。 「ご気分はどうですか。」  娘は足下の流れを静かに見つめながら、小声で答える。 「まだ、助けていただいた御礼を申し上げていませんでした。本当にありがとうございました。」  娘が清太の方に身体ごと向き直って、深く辞儀しようとするのを、清太は掌で制して、笑顔で問い掛ける。 「何か思い出しましたか。」  娘は両足を流れに浸したまま、再び川面に視線を落として、小さく首を振る。清太は会話の糸口を失い、押し黙ったまま、夕陽に染まる大原の山相を仰視して、峡を出発して以降の出来事や風景を思い返す。  大原の小世界は、摂津周辺で目にした戦乱を幻影かと思わせるほど平穏だった。  嘉平夫妻はよほど来客慣れしているのか、先着の清太達に亥介と総馬を合わせた五人の突然の来訪に慌てる様子もなく、手際良く対応していく。嘉平は夕餉の食材を調達するため、日没間近の高野川へ釣りに出掛け、於彩は清太達四人分と娘の寝具などを手早く整えると、屋敷裏の畑から適当に野菜を調達し、夕食の支度に取り掛かる。夕陽が山の端にかかる頃には、嘉平夫妻の息子治平が洛中から、治平の妻於妙が寂光院から帰宅し、準備を手伝う。  治平は嘉平と一緒に洛北の山中に自生する薬草や山菜を採取・加工して洛中で商いながら、於妙の奉公先である寂光院から野菜や日用品の仕入を請け負う。嘉平は楽隠居のような身分で、商いをほぼ治平に任せている。於妙は姑である於彩を後継して、治平が洛中で仕入れた品々を尼寺寂光院に納めるとともに、尼僧達の身の回りの世話をしている。  大原寂光院は天台宗尼寺の古刹である。推古二年(五九四)に、聖徳太子が父用明天皇の菩提を弔うために創建したと伝えられ、その後、文治元年(一一八五)、平清盛の息女で高倉天皇の中宮となり、安徳天皇を生んだ徳子が、源平合戦ののち、長門壇之浦で入水した安徳天皇と平家一門の菩提を弔うために、建礼門院真如覚比丘尼として侍女とともに寂光院に入った。  の際、建礼門

峡の劔:第二章 悪党と娘(2)

 まだ、陽は高い。  清太達四人ならば、夜更けには当初の目的地である洛北大原まで辿り着けるはずだが、意識を失ったままの娘を伏見街道の路傍に放置することもできない。  気を失ったままの娘を弥蔵が背負い、一行は亥介が探してきた無住寺に入る。  弥蔵は娘の身の回りの道具を求めるため、また、亥介達は夕食を手配するため、清太と娘を残して、一旦、無住寺を離れる。  清太は意識を失ったまま本堂の床に横たえられた娘の顔立ちをそっと確認する。娘の肌は透き通るように白い。形の整った卵形の顔立ちに小作りな目鼻、ふっくらとした唇が印象的で、容姿から想像すると、年頃は清太よりも少し下と思われる。  粗雑な麻袋に閉じ込められていたため、着物の所々に汚れが見えるが、その身形からは比較的裕福な町家の娘を想像させる。  清太は悪党達に立ち向かった時に感じた、 ―吉凶を占う筮竹。 という神聖性を改めて娘の清楚の中に感じつつ、その感情とは別趣の微かな胸の高なりを覚え、娘から視線を外して本堂の内部を見回す。正面には開いたままの御厨が見えるが、残置されているのは外枠のみで、内部の仏像は無造作に毟り取られている。 ―仏寺でさえもこのありさま、これこそ乱世だ。  清太は娘の身の上に降り掛かった不幸な出来事と、無住寺の荒廃を重ね合わせながら、胸中で呟き、本堂の中に小さく響く娘の息遣いから気を逸らすため、意識的に浅い微睡みに落ちていく。  破れた雨戸から茜色の光芒が浅い角度で薄暗い本堂に射し込む。  娘の唇から言葉らしき小さな音色が零れる。  暫くののち、娘はゆっくり瞼を開く。直後、跳ね起き、叫び声を上げる。娘の興奮は次第に激昂へと、言葉は罵倒へと変化する。  娘の体内を怒濤のように恐怖の嵐が駆け巡る。  娘は体力を使い果たすまで叫び続けたあと、本堂の隅に蹲り、周囲に憎悪の視線を清太達に撒き散らす。清太達は、悪党に拐かされたままと思い込んでいる娘自身が縄縛から解き放たれたことを自認し、精神の平衡を取り戻すまで、根気強く待つ。娘は錯乱した自分を静かに見守る清太達の温厚で柔和な態度を肌で感じ、徐々に落ち着き始める。  弥蔵が頃合いを見て、穏やかな口調で娘に名前を尋ねる。娘は小さく顎を上げ、何かを探すように空中に視線を泳がせる。しかし、次の瞬間、娘は再び険しい表情に戻り、沈黙とともに顔

高知の空は晴れました

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高知城が青空を背景に聳えています。 梅雨明けです。 大雨でした。

峡の劔:第二章 悪党と娘(1)

第二章 悪党と娘  清太達は吉野川河畔の道とは言いがたいほどにぬかるんだ土の上を進み、阿波鳴門に出たあと、鳴門海峡を渡海して淡路へ、さらに、明石海峡を渡って播磨に上陸し、山陽道を東へと進む。  鳴門・明石海峡の激しい潮流、山陽道界隈の賑わいなど、清太にとっては見るもの全てが新鮮だった。 「街道で囁かれる噂や道端に転がる世間話も中身によっては良い土産になります。」  弥蔵が清太に説明しながら、途次、往来する旅人達の会話を拾い集める。清太も弥蔵の助言に従い、心を空虚にして、敵味方の区別なく巷間の様々な噂を拾っていく。  摂津では、顕如上人を頂点とする一向宗徒が大坂本願寺、別称石山御坊の要害に拠り、織田氏への抵抗を続ける。住民の多くが石山御坊に籠城、あるいは、合戦を避けて逃散したため、近隣は荒廃し、人影は疎らである。清太達は淀川の本支流が複雑に入り組む沼沢地の向こうに石山御坊を攻囲する織田氏の砦群、さらに、その向こうに隆々と聳える石山御坊を望見しながら街道を行く。石山御坊を中心とする合戦は一進一退を繰り返し、巷間には百人十色の損得、嗜好、そして、贔屓に応じた勝手気儘な優劣が流布する。  四人は石山御坊を遠望したあと、伏見街道を京へと上る。  清太達の前方から十数人の集団が歩いてくる。これまで擦れ違って来た旅人達とは明らかに異質な空気を放つ一群は、清太の好奇心をくすぐる。道幅一杯に広がり、肩で風を切るように虚勢を張って近付いてくる一群の中心に彼らには不釣り合いな毛並みのよい一頭の馬が大きな荷袋を背にして常(なみ)歩(あし)で進んでいる。 「武家や寺社に銭で雇われる「悪党」と呼ばれる輩です。仁義を重んじる我々峡衆とは正反対に、恩賞次第で昨日の敵に味方し、夕には朝の主筋に弓引く、自己の利益だけで動く手合いです。関わり合いを持ちませぬように…。」  弥蔵が清太に小声で諭す。 「大した腕ではなさそうだが…。」  清太は呟きながら、弥蔵に言われたとおり彼らと視線を合わさず離合しようとする。しかし、馬と擦れ違った瞬間、清太の鋭敏な感覚がその背中に括り付けられている大きな麻袋から微かに零れる苦しげな呻き声を感知する。 「お待ちを…。」  清太が反射的に声を発する。悪党達は、その声が聞こえなかったかのように、淡々と進む。集団の最後尾を歩いている武士だけが、僅かに

秘境駅 土讃線の新改駅

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 特に秘境駅巡りを趣味としている訳ではないのですが、先日、たまたま土讃線の新改駅というところに行く機会がありました。  一部の事情通の方々には相当有名な駅らしく、スイッチバックという方法で駅に出入りするというのが、なかなか珍しいということです。  確かに、土讃線の本線から線路が分岐したところに駅があり、駅の向こう側で線路が行き止まりになっているので、この新改駅に入った汽車はおそらくバックで土讃線本線の線路に戻るというのが想像できました。  普通列車しか止まらないので、駅の入口にある時刻表もいたってシンプルです。  新改駅へのアクセス道路もたった1本で、その道路も新改駅で行き止まりになっています。  新改駅から山を下りたところに人家が散見され、廃校になった小学校を利用した公共施設もあるのですが、新改駅の周辺には民家はないため、この駅の利用者は自動車を持っている人しかいないのでは…、と感じてしまいました。  秘境駅のテレビ番組で取り上げられないかなぁ。 (新改駅の駅舎) (時刻表) (駅の奥は行き止まり) (駅から本線を望んでいます) (駅の看板です。しげとうと書いていますが、線路は行き止まっています) (駅の端っこまでいくと、よく本線が見えます) (時刻表)

峡の劔:第一章 峡(かい)(2)

 源平の昔、讃岐屋島で源義経に破れた平氏の主力が瀬戸内海を西へと落ちる中、平清盛の甥で、平氏随一の猛将と称された平国盛の命により四国に留まった一族があった。その一族は、国盛の寵姫となり、国盛の種を宿した同族の女性を守り、讃岐の山中へと逃げ込んだ。国盛は生まれてくるはずの赤子に自分の形見として一振の宝剣を授け、一族の長老に託した。  国盛から寵姫と宝剣を託された一族は老若男女五十人程の一団となり、源氏の追手や落武者狩りの山賊などを退けながら、讃岐国の南方に横たわる山嶺を越えた。それでも執拗な追跡を振り切れず、一族はさらに阿波の大地を東西に貫流する吉野川を渡河して、その南側に横たわる広大な山岳地帯へと迷入し、菜種梅雨に濡れる深い樹林を掻き分け、重く冷たい残雪と多量の湿分を含んだ腐葉土に足を取られながら、人間が容易に踏み入ることのない急峻な山岳の深奥に至った。一族の男達は寵姫と足弱な女子供達を守るため、年齢の順に殿軍(しんがり)して犠牲になり、源氏の追手を足止めして、逃走の時間を稼いだ。また、深い山中で冷気と残雪の氷結に足を取られて滑落した者、満足な食事を得られないまま罹患して落命する者なども出て、一団は二十名弱にまで減少した。そして、国盛の寵姫も雨中の悪路行と追捕という肉体、精神双方の緊張と圧迫により、赤子を流し、彼女自身も失意の底で息を引き取った。  残された一族が沈鬱な面持ちで、荼毘に付される寵姫の亡骸を、無言のまま囲んだ。荼毘の煙が、深い森の樹冠と枝葉の間を抜け、蒼天へ垂直に立ち昇る。それは天上から垂下された一筋の糸となって、寵姫の魂を天界へと導いているようだった。その煙の糸が尽きた頃、生き残った一族の最年長者が悲壮な口調で説き始めた。 「国盛様の命により、姫様とやや様を守護し奉り、源氏の追跡を振り切って、この僻陬の地まで逃れてきたが、お護りすべき姫様とやや様を失った以上、もう追手の影に怯えながら、逃げ続ける必要もあるまい。事ここに至った上は、この地に踏み止まり、襲来する追手を全力で迎え撃ち、一人でも多く地獄の道連れにして我々一族の意地を見せようではないか。」  長く苦しい逃避行で心身ともに衰弱した一族全員がその言葉に賛同した。  潔い死を選択した残党達は寵姫が息を引き取ったこの場所を拠点と定め、襲撃者に備えた。天空に向かって真っ直ぐに立ち上がる針葉樹