峡の劔:第十一章 兵法者(3)


 翌早朝、清太が鍛錬のため屋外に出ると、平静を取り戻した平次郎が少し足を引き摺りながら、木太刀を振っている。清太は平次郎と少し距離を置いて、平次郎の様子を見ながら、一定の調子で杖を振り始める。
 平次郎が素振りを止めたところに、清太が、
「宜しければ、一手ご教示いただけませぬか。」
と願い出る。平次郎は、昨晩、清太が示した誠意への返礼もあり、快諾して側に立て掛けてあった予備の木太刀を清太に手渡す。
 二人は三間ほどの距離を置いて構える。最初、清太が数合撃ち込み、離れては、また、撃ち込む。幾度か同じ動作を繰り返す。その間、平次郎は足の傷を庇う意味もあり、ほとんど位置を変えずに清太の太刀を捌いている。
「清太殿、かなりの修練を積んでおられると見た。力の使い方、身体の捌き方、いずれも理に叶っている。強いて言えば、間合いの取り方がやや固い。間合いを会得すれば、さらに数段、技倆が上がるだろう。」
 平次郎が軽く一歩だけ踏み出して、清太の左手をゆっくりと掠めるように太刀を振り下ろす。清太が左手を引き、木太刀を避ける。
「今の太刀筋ならば、紙一重で清太殿の左手には届かぬ。間合いを会得すれば、太刀筋が身体に触れるか否かを見極められるようになる。」
 清太は、丁寧で理論的な平次郎の解説を、一を聞いて十を知る如く吸収していく。人間同士の生理的・本能的な相性というもので、清太と宗景の関係性とは正反対に、清太と平次郎は初対面から意気投合し、打ち解けていた。
 その日、清太と弥蔵は、まだ少し跛行気味の平次郎、そして、宗景一行とともに須磨を出立し、道中の警戒を怠ることなく、摂津有岡城に至り、浦上主従を荒木家中に引き渡す。
 清太は、宗景とのこれ以上の接触を忌避して、有岡城に長居せずに出立しようとしていたが、それでも有岡城を出る直前にももう一度平次郎に立ち会いを所望する。
 清太は今朝の平次郎の指導を咀嚼して、早くも間合いの重要性を理解し始めていた。
―平次郎殿の教授で剣術を極められるかもしれぬ。
 清太は、今後も廻国修行しながら、藤佐を探し続けるはずの平次郎に対して大原の嘉平屋敷を示し、
「わたしが藤佐に関する情報を掴んだ時には、この屋敷の主人に伝言しておきます。京に上った際には、是非、お立ち寄り下さい。わたしが逗留していれば、是非とも兵法を指南していただきたい。」
と懇願し、平次郎の承諾を得た。

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