第十六章 娘と刀剣(2)

 涼風が強弱を繰り返しながら鴨川の水面(みなも)を吹き抜ける。外界と河原を不明瞭に区画する土手の斜面に背丈の高い草叢(そうそう)が繁茂し、水面の細波と同調して優しく揺れる。
 初夏に峡を出て以降、遮二無二、暑中を駆け回ってきたが、ふと立ち止まると、風の音は秋色を帯び、洛中の三方を囲む山並みでは錦秋への準備が始まっている。
―峡ではもう冬支度を始めている頃か。
 清太が故郷に想いを馳せながら、洛北の山並みをぼんやり眺めていると、三条河原には不釣り合いな麗容の娘とその従者らしき小男が堤防の斜面を下り、粗末な小屋が密集する河原の中心部へと消えていく。
 間もなく、安次が河原から堤防を駆け上ってくる。弥蔵が居場所を知らせるため、草叢から起き上がり、安次の方に軽く手を振る。
「娘が来やした。」
 安次が息を切らしながら報告する。
「見ていた。娘のほかに小男がいたようだが、見知っているか。」
「あっしはみたことはございやせんが、娘が二度目に来た時には一緒だったようです。刀剣の運び役か何かでしょう。」
 草の上に仰向けになって、青空に浮かぶ鰯雲を眺めていた清太が、
「娘が出てくるのをここで待つ。安治は小屋に戻って娘と爺様の様子を見ていてくれ。」
と、命じた。清太達が河原に下りるものと思い込んでいた安次は、拍子抜けしたように肩を落として河原へ戻っていく。弥蔵がその背中を見送りながら、清太に尋ねる。
「先刻の娘と小男、若様はどうみましたか。」
「遠目ではっきりとは分からぬが、二人の様子に暗い影は感じられぬ。我欲や悪意があって刀剣を集めている訳ではないのだろう。あの爺様の言うとおり娘も小男も誰かに頼まれて遣いをしているだけで、詳しい事情を知っているとは思えぬ。」
「同感です。」
「河原で捕らえて騒ぎが大きくなっても面倒だ。河原を出た二人の後を追いたい。娘と老夫の会話は、必要ならば、後刻、安次から聞けばいい。」
 弥蔵が頷く。
 河原では娘と老夫の取引が行われているはずである。

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