磁場の井戸:第一章 想い(二)/長編歴史小説


 天正一〇年一月、新年を祝う松に彩られた城下を闊歩し、七名の武将は城の大手に掛けられた橋を渡り、城門を潜った。城の名は「三原城」、備後国三原の瀬戸内海を望む風光明媚という言葉では言い尽くせない程に美しい海縁に築かれた城である。
 七名はその城の書院に通され、一人の男を待った。彼らの来訪を労うように、書院には十分な暖がとられていた。ここまで「寒い」という一言さえも発さず、厳寒の山陽道を歩んできた七名には何よりの馳走に思えた。
 間を置かず、ゆっくりとした足音が七名の待つ書院に近づいてきた。七名は顔を上げたまま、その足音が上座の障子を開けるのを見つめた。障子が開くと、冷涼な外気が部屋に流れ込んできた。男は部屋に入ると、暖を逃がすまいとするように手早く障子を閉め、上座に着いた。
「皆の衆、無沙汰であった。わざわざの来訪かたじけない。」
男は完爾とした表情を浮かべて言った。彼の表情と語調は心の底からの労いの感情に溢れていた。
 男は、この城の城主で名を小早川隆景という。隆景は、毛利家という安芸国吉田荘三千貫の小名を、生涯かけて中国の雄にまで押し上げた傑物毛利元就の三男、すなわち元就逝去後、名跡を継いだ元就の孫輝元の伯父にあたる。
 隆景は、幼少にして瀬戸内水軍の名家小早川家の分家の養子となり、その後、本家の家中騒動に乗じて、父元就の後援を受けながら、小早川本家の家督さえも継承して、今に至る。現在はこの三原に居を構え、毛利家における山陽方面の総大将として、また、毛利瀬戸内水軍の総帥として毛利家の大なる部分を担っていた。
 隆景は柔らかい面もちのまま言葉を続けた。
「参集いただいたのは他でもない。皆も周知のとおり、今春にも上方より織田勢が中国を目指して出陣するとのこと。この戦は、毛利家の命運を賭けた大戦となろう。相手は既に六十余州の三分の一以上を手にした織田信長。これに対するには毛利家の所領を全て焦土と化して当たるしかあるまい。儂も身命を賭して、織田勢の火の粉から毛利家を守るつもりだ。」
隆景は、柔和な表情のまま言葉を切り、七名の反応を確かめるかのように、ゆっくりと視線を動かした。
「その戦の先鋒を切るのが、備中、備前の境目のお主達の城となることは間違いない。織田勢の大将羽柴秀吉は調略を専らにするとの噂が高く、お主らの中にも既に秀吉からの誘いが来ておるかもしれぬし、向後、必ずや誘いがもたらされるであろう。」
隆景は、再び言葉を切り、一つだけ大きな息をした。
「もし秀吉から誘われ、心を動かされた者がおれば、城に戻りし後、すぐさま毛利に矛を向けてもらいたい。家を守るのも武士の努め、儂は恨まぬつもりだ。」
隆景は、戦場における寝返りに恐々としていた。戦う前に旗幟を鮮明にしておいて欲しいというのが、彼の偽らざる気持ちだった。父元就が未だ小名でしかなかった頃、元就自身が当時の中国の両雄大内氏と尼子氏の戦の中で、身をもってそれを体験し、その恐ろしさを息子たちによくよく言い聞かせていたというのも、隆景の感情の一因だった。
しかし、隆景の口調にはそういう恐怖や猜疑心に似た感情は一切現れていなかった。むしろ、隆景のそんな言葉を聞いた武将や家臣たちは、包み隠さず赤心を露わにする隆景に親近感を抱いた。隆景にはそういった生まれながらの長者の風という雰囲気があり、家臣達は隆景のそういう部分に心酔した。特に、今、隆景の眼前に座している七名の中心、扇の要に座す男は、隆景のそういう部分に触れるとき、酒分の高い液体を飲んだように気分が高揚した。
「これよりお主達に太刀を授けたい。この刀は、これまでのお主達の忠義に報いるための褒美だと思うてくれ。向後も儂に左袒してくれるというならば、これほど嬉しいことはない。しかし、この刀を受け取ったとて、秀吉の誘いに転ぶ者があれば、それも運命だ。」
隆景は、自分を見つめるじりじりと焼け付くような七つの熱い目線を感じながら、背後に控える小姓に太刀を命じた。
 上座の障子が開き、小姓が七振りの太刀を携えて、再び元の席に座った。
宮地山城主乃美元信、冠山城主林重真、加茂城主桂広重、日幡城主日幡景親、庭瀬城主井上有景、松島城主梨羽中務丞、備前と備中の国境に連なる城塞とその城主が順に名前を呼ばれ、隆景から太刀を拝領した。彼らは自らの奮戦を約し、毛利家の勝利を言祝いだ。
 最後に残った中央の男は隆景から視線を外すことなく、自らの順が巡るのを待っていた。
「高松城主、清水宗治。」
隆景は今までと同じ口調で、自分の方を無言で見つめ、控えている男の名を呼んだ。最後に残った男は呼ばれるままに、隆景の待つ上座に向かって膝行した。
 隆景は黒光りする漆塗りの鞘を握りしめ、目の前の宗治に向かって太刀を掴んだままの拳を突き出した。
「宗治よ、頼んだぞ。」
宗治は深く頭を下げ、この太刀に込められた隆景の想いを一滴たりとも零す事のないよう、そっと掬うように両手を添えて静かに太刀を拝領した。そして、頭上に太刀を捧げたまま、ここまで無言で胸中に収めていたものを、一気に吐露した。
「ありがたく頂戴いたします。矢玉尽きるまで織田勢を散々に悩まし、その後、御拝領のこの太刀をもって、敵勢に分け入り、きっと斬り死にする所存でございます。」
この言葉を聞き、隆景は自分を含め、今まで毛利家が経験したことのないであろう大戦において、信義と能力を信ずるに足る武将を得た思いがした。
(宗治は儂と同じ事を考えている。)
隆景は、渇く者が水を得たような生理的なそして本能的な喜びを感じた。しかし、それはすぐさま消え去った。
(宗治はこの戦で死ぬだろう。)
隆景は、自らと同一の戦略思想を持つ清水宗治という男が、その戦略のもとで城を枕に討ち死にする姿を生々しく想像した。
 人が人間であることの証明とも言える喜びを感じた後だけに、隆景は身を掻きむしりたくなるような悲しみに襲われた。激情が胸を突き破って現れそうになるのを必死に抑えながら、隆景は温もりに満ちた表情で宗治に言った。
「織田勢が備中に攻め込めば、儂は必ずや毛利全軍を挙げて赴援いたす。儂が備中に行くまで、持ちこたえてくれ。そして、そのときこそ、儂と戦場を駆けめぐり、…。」
隆景は、一度言葉を切り、激情を抑え、宗治に言い聞かせるような静かな口調で言った。
「共に戦場の塵となろう。」
隆景の心の振動が、書院にある男達の熱気に満ちた空気を衝撃的な速度で伝播し、元来、多情な七名の武将の心に共鳴した。中でも、隆景と同じ固有振動を持つ宗治の心は隆景の心の振動と共鳴し、他の六将以上の振幅で激しく揺すぶられた。
(共に死ねれば、どれほど幸せだろう。)
宗治は備中の野で屍となった自分と隆景を想像しただけでも、軽い眩きを感じた。しかし、毛利家に奉公する一武将として、さらには隆景という一個の人格を敬愛する人間として、それは叶わぬ望みであると観念した。
(隆景様を死なせるわけにはいかぬ。)
毛利家と織田家の戦は、まだ始まったばかりだった。備中の戦いはその前哨戦に過ぎない。現時点においては、確実に織田家が優位に立っており、現状のまま戦が続けば、毛利家の滅亡は火を見るよりも明らかであった。しかし、この戦いで敗北したとしても、毛利家は備後、安芸、周防、長門、伯耆、石見六カ国の兵をして、劣勢に耐え、時勢の変化を待つことにより、巻き返しを図ることも可能なのである。
(そのとき、隆景様がいなくては、毛利家は立ち行かぬ。)
今、毛利家ができることは耐えること、耐えて風向きが変わるのを待つことだけだった。そのために、宗治は自らの城でできうる限り抵抗し、時間を稼ぎ、最後は敵勢に切り込んで、無心に太刀を振り回し、乱戦の中で『死ぬ』という意識もなく、この世から消滅していくことを、心に決めていた。
 隆景の戦略も宗治の気持ちと割り符を合わせたように一致していた。正確に言うと、彼の心の中には二人の隆景が存在していた。一人は、
(自分を信じてくれるものと共に戦場で死にたい。)
という、一個の人間としての隆景であり、もう一人は、
(毛利家の安泰のために、石にかじりついても生き抜かなければならない。)
と思い詰める毛利家の柱石としての隆景であった。二人の隆景は、常に葛藤したが、ほとんどの場合、最後には後者の隆景が勝利を得た。それは隆景に生まれながらに与えられた宿命だった。毛利家の柱石としての隆景は、ともすれば、生身の人間としての隆景の心とは異なった人格を持たざるをえなかった。そして、そんな剥き出しの心が表面に現れぬよう、隆景は常に心に鎧を纏い続けてきた。
 今、その鎧が剥げ、隆景の剥き身の心が一瞬だけ露出したことを、宗治は敏感に察した。
(忝ない仰せ。お気持ちのみ、ありがたくいただきます。しかし、あくまで死ぬのはこの宗治のみで十分。隆景様は生きて、毛利家の安泰をお図り下さい。)
宗治は口に出すことのできないこの言葉を胸の奥で咀嚼し、飲み込みながら、隆景に向かって、静かに一礼し、元の席に戻った。
隆景は張り詰めた雰囲気を解すように、宗治ら一行の饗応の膳を書院に運ばせた。隆景も元の柔和な表情に戻り、酒宴は和やかなうちに終わった。
 宗治ら一行は三原城を後にした。彼は心持ち顔を空に向けながら馬上に揺られている。
(隆景様、さらばでござる。)
宗治はふと後ろを振り返り、既に見えなくなった三原城に向かって最後の訣別を叙した。西の空は霞むことなく、青々として、どこまでも透き通っていた。
「死に急いではならんぞ。」
隆景がそう言ってくれているような気がした。宗治は再び馬の鼻を東に向け、ゆっくりと進み始めた。そして、二度と西の方を振り返ることは無かった。
 往路と同様、宗治達の後ろを追う七郎次郎は、幼少より見慣れた宗治の凛とした光とその周囲を弛む空気に微妙な変化を感じていた。
(死の覚悟をお固めになられたか。)
宗治の覚悟を悟り、七郎次郎もまた死の決意を新たにしていた。

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