虎の肝(四)/歴史小説

義弘は、微笑の刻み込まれた鋼の仮面を自らの表情に被せて、意気揚々と日本六十余州一の勁悍を誇る薩摩隼人のうちでも特にその名を家中に知られた兵士達を虎狩りのために厳選した。
虎狩隊に選ばれた精鋭は、大将格の上野権右衛門をはじめ、『突きの次郎兵衛』の異名を持つ安田次郎兵衛、無足衆の帖佐六七ら、いずれもその武勇を家中に轟かす薩摩隼人ばかりだった。
義弘は、虎狩隊一行の出陣に当たって、その士気を鼓舞するため、自らの前に彼等を呼んで激励した。
「薩摩隼人の名を世に知らしめるためにも、太閤殿下御所望の虎を頼むぞ。」
虎狩りという奇妙な役目であるにもかかわらず、この剽悍な薩摩隼人達は、何ら疑問を感じることなく、その役目を享受した。彼らにとって、限りなく神に近いと言っても良いほどに義弘は崇敬な絶対的存在であり、その言葉に疑問を差し挟むなどという思考の方法を、生を受けて以来、学んだことはなかった。幼少から体中に刻み込まれた薩摩武士道という名の洗脳にも似た思想教育は、彼ら薩摩隼人に主君の命令を絶対とし、隼人の名誉のためには死することさえも厭わない封建的価値観を強いた。
人間という群れることでしか生きることのできない生物は、集団として一つの激越な教えを受けたときに、その教える所、換言すれば自らの存在の意義に反する人間を、異物として排除しようとする悲しい習性を持っている。その性は、教えそのものが激越であるほど人間の集まりである集団そのものを思想的に純度の高い結晶へと凝縮させ、集団という物質の中に溶け込んでいる人間達の自意識と自己愛を過剰なまでに膨張させる。
義弘の言葉と薩摩隼人であるという結晶度の高い自意識は、そういう教えにより鍛造された虎狩隊の面々の全身に溶岩のような熱い血潮を駆け巡らせ、彼等の顔面を紅潮させた。

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